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千葉地方裁判所 平成元年(わ)1211号 判決

本籍

千葉県習志野市鷺沼台四丁目一二一三番地の八

住居

同市鷺沼台四丁目三番二二号

会社員

石塚幸男

昭和一五年一月一四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官川野辺充子出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金六五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、千葉県船橋市内の製菓会社に勤務するかたわら個人で営利を目的として継続的に有価証券売買を行つていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、自己が取得した株式の名義書換を他人名義で行う等の不正な方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和六〇年分の実際総所得金額が五四七一万八二〇円あつたのにかかわらず、右所得税の納期限である昭和六一年三月一五日までに、千葉県千葉市武石町一丁目五二〇番地所在の所轄千葉西税務署において、同税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もつて不正の行為により同年分の所得税二五七三万二四〇〇円を免れた

第二  昭和六一年分の実際総所得金額が一億八九五二万一八四五円、分離課税による長期譲渡所得金額が四八二万七二九〇円あつたのにかかわらず、昭和六二年三月一一日、前記千葉西税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が三七〇万三四〇〇円、分離課税による長期譲渡所得金額が四八二万七二九〇円で、これに対する所得税額が一〇一万七〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額一億一九七六万一二〇〇円と右申告税額との差額一億一八七四万四二〇〇円を免れた

第三  昭和六二年分の実際総所得金額が一億九一九三万三二〇一円あつたのにかかわらず、右所得税の納期限である昭和六三年三月一五日までに、前記千葉西税務署において、同税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もつて不正の行為により同年分の所得税一億六四七万九五〇〇円を免れた

ものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書(六通)

一  被告人の大蔵省事務官に対する各供述調書(二通)

一  被告人作成の申述書

一  茂呂貞雄(二通)、寺沢昌彦、近藤幸治、谷上敬吉、鈴木博、寺沢久美子、今村国光、蛭田三好、山口英太郎、秋元悦郎、寺沢正広、今藤男、谷慶三郎、石塚直治及び石塚伸子(二通)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の

1  捜索差押てん末書(二通)

2  家賃収入調査書

3  固定資産税調査書

4  配当収入調査書

5  給与収入調査書

6  給与所得控除額調査書

7  株式売買益調査書(二通)

8  割引債権売買益調査書

9  転換社債売買益調査書

10  謝礼金収入調査書(二通)

11  失念株配当収入調査書

12  支払利息調査書

13  借入諸費用調査書

14  検査てん末書(一〇通)

一  各左記からの「株式の異動及び支払配当金額照会に対する回答」書面

1  三井信託銀行株式会社証券代行部株主室室長

2  東洋信託銀行株式会社大阪支店証券代行部

3  大阪証券代行株式会社代行部決算課長

4  中央信託銀行株式会社証券代行部業務室文書課長

5  三菱信託銀行株式会社証券代行部

6  安田信託銀行株式会社証券代行部株主サービス課

7  東京証券代行株式会社

8  住友信託銀行株式会社証券代行部長

一  各左記からの「取引内容照会に対する回答」書面

1  寺沢製菓株式会社

2  東和証券株式会社

3  山一証券株式会社千住支店長

4  三井信託銀行株式会社証券代行部株主室室長

5  大阪証券代行株式会社代行部決算課長

6  株式会社第一勧業銀行総務部総務グループ(株式係)

7  立花証券株式会社千葉支店長

一  押収してある株式売買台帳二綴(平成元年押第二七八号の1の1及び1の2)、手帳五冊(前回押号の2の1ないし2の5)及び顧客口座元帳写一袋(前同押号の3)

判示第二の事実について

一  千葉西税務署長作成の証拠品提出書

一  押収してある昭和六一年分の所得税確定申告書等綴入り一袋(前同押号の5)及び扶養控除申告書等綴一綴(前同押号の4)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するので、各所定刑中いずれも懲役及び罰金の併科刑を選択し、かつ、右各罪について情状により同法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法廷の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により右各罪の罰金を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金六五〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が昭和六〇年ないし昭和六二年の三年分の所得税を免れた脱税事案である。

犯行の動機は、株取引のマニアである被告人が、取引資金の減少を惜しんで脱税を企図したというものであつて酌むべき事情はなく、犯行の態様は、自己の株式取引の売買益等の課税を免れるため、会社の同僚やその家族等の名義を借りて取得した株式の名義書換を行う等の方法により脱税を図つたもので巧妙であり、ほ脱額は実に二億五〇〇〇万円余にのぼり、ほ脱率は九九・六パーセントに達していて、この種の事犯の中でも、そのほ脱額の多さやほ脱率の高さに照らし、悪質な事案といわざるを得ない。納税の義務は、憲法に定められた国民の義務であつて、国の存立発展に必要な経費を国民が各自の負担能力に応じて負担すべきものとする原理に基づくものであり、これを誠実に履行すべきことはいうまでもないところである。そして、国の財政収入のうち租税の占める割合は高く、この種の犯行が、国の基本的秩序である財政を阻害し、国の諸施策の遂行を困難ならしめる重大な犯罪であることを考えると、被告人の本件刑事責任は決してこれを軽視することができないものがある。

しかし、他方、本件は、いわゆる個人の株取引マニアの被告人が、株取引に熱中しているうちにここ数年の株式相場の高騰により予想外の利益を手にしたが、もともと資金に余裕があつたわけでもなかつたことから、欲を出し更に利得をもくろみ資金の減少を惜しんで脱税を図つたというものであり動機は単純ともいえること、本件発覚後は、国税局の査察に積極的に協力しており、また、所有株式の大部分を処分するなどして本税、延滞税、重加算税はもちろん、県民税、市民税等約四億二六〇〇万円余をすべて完納していること、被告人に前科、前歴が全くないこと、被告人が現在では本件について深く反省していることなど被告人に有利な、あるいは酌むべき事情もある。

これら諸般の情状を考慮すると、被告人に対し、その懲役刑について実刑を科するのはいささか酷に過ぎるのでその刑の執行を猶予することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 上原吉勝)

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